Pink Floyd『In the Flesh?』 和訳・解釈

和訳は、曲を聴きながら感情移入しやすいように、自分のために書いています。

そのため、日本語として意味が通ることを目的とするのではなく、Roger Watersの感性の部分を重視するつもりで、英語の語順で言葉を置きます。意訳も入ります。

和訳でも注釈の方でもご指摘・ご意見・感想あればぜひコメントください。

Lyrics.

[Intro]

...we came in?

 

[Verse: Roger Waters]

So ya

thought ya

might like to go to the show

To feel the warm thrill of confusion, that space cadet glow

Tell me, is something eluding you, sunshine?

Is this not what you expected to see?

If you wanna find out what's behind these cold eyes

You'll just have to claw your way through this disguise

 

[Bridge: Roger Waters]

Lights!

Roll the sound effects!

Action!

Drop it, drop it on 'em

Drop it, drop it on them!

*Airplane descending*

 

[Outro]

*Baby Crying*

 

Japanese ver.

 [Intro]

「…あれ、ここ俺たちが入って来た場所じゃない?」

 

[Verse: Roger Waters]

そうかい。

お前は思ったわけだ。

行ってみてもいいかなって、あのショーにでも。

生暖かな錯乱でも、ちょっとした恍惚感でも味わおうかと。

教えてくれよ。何がお前から逃げ隠れちゃったって?めでたいやつめ。

見たかったのはこれじゃあないって?

仮にお前が、俺の冷めた両目の奥底まで本当に知りたいなら、

掻きむしりながら必死で潜り抜けてくれよ、この欺瞞だらけの俺を。

 

Annotation.

Pink Floydの名盤『The Wall』のオープニング曲。

全米アルバム・チャートに741週ランク・インし、5000万枚以上のセールスを記録した1973年発売の『The Dark Side of the Moon』にて、バンドは音楽的にも商業的にも成功を収めます。

一方、ライブに来る客層にも変化が見られていました。1977年の大規模ライブツアーの最終日、Roger Watersが最前列で騒ぐ若者に激怒し、演奏中に手招きして唾を吐きかけたというのは有名な話。

その自身の姿にショックを受け、作られたのが『The Wall』です。

Pinkという名の男の生涯を描いている設定のアルバムですが、実質Roger Watersの自伝です。彼の感じた社会との確執を、体験をありありと描写しながら暴いていきます。

 

1曲目の『In the Flesh?』はライブ会場に来た観客に、生々しい表現でPinkがスピーチを投げつけるシーンです。

初っ端からクライマックスのようで、勢いを感じさせるオープニング曲。

何度聴いても心の芯の部分から高揚します。歌詞の言い回しも新鮮で、でも同時にRogerっぽくて、大好きです。

しかしそれと同時に、リスナーのことを、ひいては社会のことを皮肉りまくった曲でもあります。

 

In the Flesh?』

題名の『In the Flesh?』、元はこのアルバムを制作する直前に行なっていた彼らのコンサートツアータイトル「Pink Floyd : In The Flesh」に由来します。

前述の通りこのツアーファイナルで起きた出来事が、Roger Watersの創作意欲を引き起こすきっかけにもなっています。このアルバムの2枚目後半にも、”?”の取れた『In The Flesh』という曲が来るのも面白いところです。

“in the flesh”には「生身の、実物の、生きている、この世にいる」という意味があるとのこと。

また、“thorn in the flesh”という表現のイディオムもあり、直訳すると「横腹に刺さったトゲ」、日本語でいう「目の上のこぶ」つまり「絶えず苦しめいら立たせるもの、悩みの種」との意味にもなるようです。

Roger Watersの個人名義ですが、『The Wall』の出された約20年後、1999-2000年の彼のソロコンサートの様子を収録したライブCDとDVDにも『In the Flesh』というタイトルが付けられています。

 

“that space cadet glow”

直訳すると「あの宇宙飛行士見習いのようなきらめき」

“space cadet”というのがストーン状態のスラングだそうです。「宇宙飛行士見習い」、言い当て妙なスラングだなと思いました。目の前の現象に全然まともに対処できない時ありますからね。そういう時こそ音が響いて楽しいのだけど。分からない人は酩酊状態の酔っ払いだと思ってください。

“the warm thrill of confusion”も同じように、トリップや自身の形而上の体験に魅了されているだけの青二才へ向けた言葉かなと。

当時の観客がサイケリキッドをライブ会場で回し飲みしていたとの噂や、今でもトリップの通過儀礼として扱われたりするバンドであるからこそ、ここのセリフはメタに響きますね。

 

“Tell me, is something eluding you, sunshine?”

あまりここの意味を正確に取れている自信がないですが、与えられた枠組みの中で目一杯叫ぶ目の前の若者たちが、しょうもなく見えたんだろうなと感じました。

勝手な期待を擦り付け、共感・繋がりを得たがるような未熟な自我のファンに対して、皮肉に対応している主人公の映像が浮かびます。

戦争に向かっていく若者とコンサートで狂乱する若者、時代と結果が違えど、どちらの根底にも同じものを感じたのかもしれません。社会に組み込まれているだけだと。

「実体験に乏しいくせに自意識だけ肥大したやつこそよく吠える」、そんなことを言われた気もしました。

 

ちなみに、実際に行われたライブではオープニングとなるこの曲をバンド自身ではなく、なんとサポートメンバーに弾かせています。ボーカルもRogerではなく違う人に歌わせます。

パッと演奏を聴いただけでは分からないため、ライブ会場にいた人はおそらく気づけなかったと思います。普通はライブに行けば大好きなバンドが演奏してくれるに決まってますからね。皮肉が最高に効いてますね。そう言いつつ僕も映像をただ見てた時分からなかったです。コメント欄で気づきました。

 

“You'll just have to claw your way through this disguise”

皮肉りながらも、自分の壁の内側を見抜いてほしいと願っているんですよね。

それを“disguise”と表現していると解釈しました。

 

Drop it, drop it on them! Airplane descending “

Rogerの叫びと、飛行する戦闘機の迫り来る音が流れるパートです。ライブでは、ステージに設営された「壁」に戦闘機が突撃し爆発する様子を再現しています。

彼の父は第二次世界大戦中にイタリアで戦死しています。生後5ヶ月のRogerと共産党員の母を残して。

 

“[Intro]...we came in?

『The Wall』の最終曲『Outside the Wall』のアウトロと繋がっています。『The Wall』の内容がループするものであることを予感させます。

冒頭の音楽が小さいため耳を澄ましながら聴いていると、爆音の本イントロが唐突に始まるのも、このアルバムの体験を引き立てているスパイスだなと初試聴時には心を掴まれました。音量上げてたら耳がやられました。

『The Dark Side of the Moon』とループ自体は同じ構造ですが、オープニングの体験としては全く別のものを作ったなと、Rogerの意図を感じます。

 

また、この曲はPink Floydの中でも、かなり分かりやすく壮大で盛り上がりのある曲となっていますが、これは70年代プログレッシブ・ロックに対するパロディとしてわざと大げさに演奏されているという論評もあるようです。

The sound of this song is intentionally bombastic. It is, as Nicholas Schaffner points out, a parody of bloated 70’s rock “intended to convey the crass and alienated persona of a fully ‘bricked in’ Pink.”

プログレカウンターカルチャーとして産まれたパンクロック世代台頭の時代でもあり、それらの潮流を受けた彼らPink Floydの、カウンター返しのアルバムの側面は間違いなくあるように感じました。

パロディ的な面はあれど、最高にかっこいい曲として仕上がっているとも素直に思います。

 

 


 

僕にとって、冒頭から“To feel the warm thrill of confusion”までの一説は、それこそ生身に刺さるような気持ちにさせられました。

こうやって、せめて文章を書いて、自分も何か晒される側に回らないといけないと。

そうでないと、この作品が好きだと言うには失礼だ、と。

実体験と呼ぶには、随分と生暖かい体験ですけどね。まだ。

 

 

参考

hanabako.info

genius.com

www.youtube.com